yutoyou blog

出版社で編集者みたいなことをしています。本とペンとお箸とバックパックと。よろしくどうぞです。

出版「者」と出版「社」

今回は、賛否両論あることを覚悟した上で、業界内外で話題になっている元少年Aによる『絶歌』出版について、出版社で働くものとして、見解を記しておこうと思います。

神戸連続児童殺傷事件の加害男性「元少年A」が書いた手記が太田出版から出版されています。

1.今までは「少年A」として、ルポライターや記者に取り上げられることの多かった当人による手記であること。

2.また他の元被告による書籍と違い、あくまでも「少年A」という仮名での出版であること。

3.営利目的のライターによる売り込みではないのか、また本人である確証が見込めずに不透明な点が多いのではないか。

このあたりが、各メディアでの論点になっているように思います。
f:id:yutoyou:20150615185726j:image

【個人的な見解】
私としては今回の出版にやや懐疑的です。その理由としては、主に下記3点。

1.実名公表ではないという不透明さ
他被告による書籍と異なり、本名を伏せたままでの出版に疑問を感じます。なにか違うだろうという、感覚的なものも含まれます。

2.太田出版から発売された経緯
担当編集者は、「私には特に修正するところがなかった」と語っていますが、いささか疑問点が残ります。果たして編集者は、元被告に直接面会ないしは傍聴のうえ接触したのか。売り込み目的のルポライターと、営利、世間の注目を目的とした版元によって仕組まれたものではないのか。

版元の太田出版のルーツは、太田プロダクション。元はビートたけし関連本出版のために立ち上げられた有限会社です。毎週土曜TBSでの北野武のコメントが気になったものの、本人は海外授賞式のため不在。なんとも皮肉でした。

販売収益はすべて「被害者の方のために」と説明されているそうですが、果たして被害にあった方はそんなことを求めているのか。今回、誤解を恐れずに言うと、このような本の場合、世間では、一般的に「売れる本」とされます。その分、発行部数、実販数の伸びとともに、著者印税も比例します。果たしてどのような使い途なのか、疑問を抱かざるを得ません。

3.ご遺族の想い
昨日ニュース番組でインタビューにこたえられるご遺族の方のことば「みなさんには手にとってほしくない」この言葉に、かなり胸をえぐられました。自分だったらと、きれいごとではなく、ただただ、考えてみました。

4.書店の切実な対応
不買運動や世情のあおりを受け、啓文堂書店さんはじめ、販売、注文も一切受け付けない書店さんもいます。1日に何件も潰れ行く書店。なぜ出版不況の中、敢えて販売拒否の立場をとる書店さんがいるのか。版元はこのあたりもしっかり考えていてほしいと、切に思います。単なる営利目的でもなく、著者の社会復帰目的でもなく。出版社として、ある程度の表現の自由は許容されるし、必要。でも、その分責任が伴っているのか。

みなさんは、どう思われましたか?
ちなみに、こちらは事件をもとに石田衣良さんによって描かれた作品です。問題提起が根本にあり、事件の本質について問いかけくる1作でした。中学時代の自分自身の記憶にも強く残っています。
f:id:yutoyou:20150615192035j:image
同じ事件をあつかう書籍。
書籍と一概にいえども、書き手や販売形態によっても、大きく賛否わかれるような、そんな媒体だと思います。

私自身も、版元という立場で発信していく者として、書くことと覚悟と、いつも一緒にいようと思っています。